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 「終わりなき」所感でも書いたとおり、ワタルのルーツが「天部界で生まれた拳龍子」という設定がとても好きでして、それに纏わるあれこれを公式設定に沿いつつ、妄想してみました。後付け設定に挑むのは楽しいです。たいてい玉砕してますけどね!


 天部界は神部界の上にあり、「逆らうことは許されない」「足を踏み入れることも禁じられている」というくらい、絶大な力を持っている世界。そんな世界から生まれた救世主となると、神部界を救うだけの力が備わっていることも、神部七龍神が救世主の下に集って従うのも頷けます。

 その圧倒的な力の差を知ることができるのが「聖龍の勾玉」と「拳龍の勾玉」です。「終わりなき」で魔界の扉を封じる鍵となる勾玉ですが、元々は「聖龍の勾玉」で封じていたわけですよね。それが魔界の者に奪われてしまって天部界にある「拳龍の勾玉」で封じなくてはならなくなった。となると、「聖龍の勾玉」は神部界のものだと推測されます。その神部界のもので封じていたときは何事もなかったのに、「拳龍の勾玉」で封じた途端、水が溢れて永遠に融けない氷になってしまう…とはいえ、その溢れた水を浴びて神部七龍神は蘇るのだから聖なる物質であることは間違いないだろうけど、神部界の鍵の代わりとして天部界の鍵を使用するには力が強大過ぎた為にあのような事になってしまった。そもそも「聖龍の勾玉」がどのように生成されるのかは謎ですが、この時は奪われたということもあるけど、もう「聖龍の勾玉」では封じ切れないほどの魔力だったので「拳龍の勾玉」に頼らざるをえなかった、ということなのかなと思います。

 拳龍子は天部界から現生界へ降りたことになっていますが、小説「ANOTHER STEP」での出生話を併せると、現生界へ降りる前に神部界に居たことになります。天部界で「アダール」と呼ばれた拳龍子は、神部界で「戦部」の姓と「ワタル」という名を名乗ります。「アダール」→「ワタル」は、国が違うと呼び名が変わる名前みたいなものなのかな。シーザーとカエサルみたいな。
 少し脱線しますが、「アダール」は「終わりなき時」の意となっており、だから「終わりなき時の物語」=「アダールの物語」=「ワタルの物語」だったんだな…と納得。
 閑話休題。「戦部」姓は神部界で過ごすための名前だと思われますが、「〇部」の姓は一族の能力を表しているので(忍部は忍者の一族、渡部は“渡り”という秘術を持つ一族)、それから考えると「戦部」は戦いの能力に長けており、しかも神部界の住人から「御方」と呼ばれ一目置かれる一族であったようです。そこからさらに下界へ、「現生界」へ降りたことになっているのは多分、クラマいわく「異世界では力を抑えられる」から。生来、神部界を救うほどの力を持っている天部界の救世主ですから、神部界では有事以外の時でも力が強すぎた。なので、現生界という異世界に降り、力を消し、神部界が危機に陥ったときだけ駆けつけて力を発揮する「救世主」となった。

 ワタルは創界山でも星界山でも「世界を救うこと」を最優先にしていました。勿論葛藤は多分にあるものの、友達であった虎王と剣を交え、魔界の矢に射抜かれた先生とも戦った揺るぎない「救世主」でした。どうして戦わなくてはならないのかと慟哭したワタルに対し「それがお前の運命だ」という閻羅王の言葉は悲しいほどに真理なんですよね。けれどワタルは己の「拳龍の勾玉」を魔界の扉を封印するために使い、救世主としての役割を終えます。訪れた永遠の平和。もう戦いに身を投じなくてもいい。そのこと自体はとても喜ばしいことのはずなのに、何処か寂しげなのは、仲間に会えなくなるという理由の陰に戦部の血の疼きを感じ取っているからかもしれない…と、長々妄想してみました。もっともらしいことを書いてるけど、戦いの神として君臨する拳龍子ワタルとか、ちょ、ちょっとかっこいいよね…!とか単純に萌えるだけですよ、はっはっは。それもう英雄伝ちゃう。



2014.8.1 更新
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2014.08.01 Fri l 雑記 l top
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